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前橋地方裁判所太田支部 平成6年(ワ)95号 判決

原告

西峯節男

ほか二名

被告

尾花静香

ほか一名

主文

一  被告らは原告西峯節男、原告西峯紀恵子に対し、

1  金一一三六万七八九四円及びこれに対する平成六年四月一三日から支払ずみまで年五分の割合による金員

2  金四〇七六万七八九四円に対する平成四年二月一四日から平成六年四月一二日まで年五分の割合による金員を支払え。

二  被告らは原告小野寺信子に対し、

1  金一一四八万九〇二五円及びこれに対する平成六年四月一三日から支払ずみまで年五分の割合による金員

2  金四〇八五万二三三五円に対する平成四年二月一四日から平成六年四月一二日まで年五分の割合による金員を支払え。

三  原告らのその余の請求をいずれも棄却する。

四  訴訟費用はこれを四分し、その三を原告らの、その余を被告らの負担とする。

五  この判決第一、二項はいずれも仮に執行することができる。

事実

第一原告らの請求

一  被告らは原告西峯節男(原告節男)、同西峯紀恵子(原告紀恵子)に対し、金四七〇四万五一五一円及びこれに対する平成六年四月一三日から支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。

二  被告らは原告小野寺信子(原告小野寺)に対し、金四七二二万五二三八円及びこれに対する平成六年四月一三日から支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。

第二当事者の主張

一  請求の原因

1  事故の発生

左記のとおりの交通事故(本件事故)が発生し、西峯忍(西峯)は入院五日後に死亡し、小野寺幸太(小野寺)は即日死亡した。

(1) 発生日時 平成四年二月一四日午前零時三五分頃

(2) 発生場所 群馬県太田市飯塚町一三七九番地先

(3) 態様 尾千恵子(千恵子)運転の乗用自動車(被告車)に被告尾花静香(被告静香)、西峯、小野寺及び小川裕(小川)が同乗して走行中、被告車が路外に逸脱し、民家のブロツク塀等に激突した。

2  責任原因

被告らはいずれも被告車を自己のために運行の用に供していた者であり、自賠法三条に基づく損害賠償責任がある。

3  損害

(1) 西峯は、本件事故により別紙損害賠償額計算書〈1〉(計算書〈1〉)に記載のとおりの損害を受けた。

(2) 小野寺は、本件事故により別紙損害賠償額計算書〈2〉(計算書〈2〉)に記載のとおりの損害を受けた。

4  相続

(1) 原告節男、同紀恵子は西峯の相続人であり、他に相続人はいないので同人の権利を各二分の一の割合で承継取得した。

(2) 原告小野寺は小野寺の相続人であり、他に相続人はいないので同人の権利を単独で承継取得した。

5  損害の填補

(1) 原告節男及び同紀恵子は、平成六年四月一三日、自賠法一六条一項に基づく被害者請求による損害賠償額三〇〇〇万円の支払を受けた。そして、西峯の損害は平成六年四月一二日現在、計算書〈1〉記載のとおり金七三〇四万五一五一円(同日までの遅延損害金七一二万四八一四円を含む)であつたところ、右支払は民法四九一条によりまず遅延損害金に充当されたので、充当後の残損害は元金四三〇四万五一五一円に弁護士費用四〇〇万円を加算した金四七〇四万五一五一円及びこれに対する右受領日である平成六年四月一三日から支払ずみまで民法所定年五分の割合による遅延損害金となる。

(2) 原告小野寺は平成六年四月一三日、前同様の損害賠償額二九九六万三三一〇円の支払を受けた。そして、小野寺の損害は平成六年四月一二日現在、計算書〈2〉記載のとおり金七三一八万八五四八円(同日までの遅延損害金七一三万八八〇一円を含む)であつたところ、右支払は民法四九一条によりまず遅延損害金に充当されたので、充当後の残損害は元金四三二二万五二三八円に弁護士費用四〇〇万円を加算した金四七二二万五二三八円及びこれに対する右受領日である平成六年四月一三日から支払ずみまで民法所定年五分の割合による遅延損害金となる。

6  よつて、被告らに対し、原告節男及び同紀恵子は前記金四七〇四万五一五一円及びこれに対する平成六年四月一三日から支払ずみまで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払を、原告小野寺は前記金四七二二万五二三八円及びこれに対する同日から支払ずみまで前同様年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

二  請求の原因に対する認否

1  請求の原因1のうち被告車を運転していたのが千恵子であるとの点は不知だが、その余の事実は認める。

2  同2の事実は争う。

3  同3(1)、(2)の事実はいずれも不知。

4  同4(1)、(2)の事実はいずれも不知。

5  同5(1)のうち原告節男及び同紀恵子が平成六年四月一三日、自賠法一六条一項に基づく被害者請求による損害賠償額三〇〇〇万円の支払を受けたことは認めるが、その余の事実は否認する。

同5(2)のうち原告小野寺が平成六年四月一三日、前同様の損害賠償額二九九六万三三一〇円の支払を受けたことは認めるが、その余の事実は否認する。

三  抗弁

1  他人性の欠如

本件事故は被告車に千恵子、西峯、小野寺、被告静香及び小川の五名が乗車中に暴走して惹起されたものであるが、右五名はいずれも泥酔状態にあり、誰が運転していたかも定かではないほどの状態であつて、自殺行為に等しい乗り方であつたもので自らの故意又は過失により事故を起こしたということができ、西峯及び小野寺はいずれも自賠法三条にいう「他人」にあたらない。

2  公平の原則又は過失相殺による減額

西峯及び小野寺はいずれも自ら泥酔状態にあつたうえ、同じく泥酔状態にあるのを知つていた千恵子、被告静香及び小川と一緒に被告車に乗車し、自らの意思で危険な領域に近づいて本件事故にあつたものであるから過失相殺又は公平の原則により損害を七割減ずべきである。

3  搭乗者保険の控除

被告静香が被告車について保険契約を締結していた搭乗者保険から原告節男、同紀恵子は合計で金五〇〇万円、原告小野寺は単独で金五〇〇万円の支払を受けているからこれを控除すべきである。

四  抗弁に対する認否

1  抗弁1の事実は否認する。

2  同2の事実は否認する。

3  同3のうち被告静香が被告車について保険契約を締結していた搭乗者保険から原告節男、同紀恵子が合計で金五〇〇万円、原告小野寺が単独で金五〇〇万円の支払を受けたことは認めるが、その余の事実は否認する。

理由

一  事故の発生

請求の原因1のうち被告車の運転者が千恵子であるとの点を除いたその余の事実は争いがなく、証拠(甲一三の三八・四四、乙四、五、証人小川裕、被告尾花静香)によれば、本件事故発生当時、被告車を運転していたのは千恵子であると認められる。

二  責任原因

証拠(甲一二、一三の二八、被告尾花静香)によれば、被告車は被告初江の所有で、同被告の娘である被告静香が日常運転して使用していたものであり、被告らはいずれも自己のために被告車を運行の用に供していた者であると認められる。

三  自賠法三条の「他人」にあたるか

前記争いのない事実及び証拠(甲一三の一ないし四四、乙四、五、九ないし一二、証人小川裕、原告西峯紀恵子、同小野寺信子、被告尾花静香)を総合すれば、次の事実が認められる。すなわち、

1  本件事故の発生は平成四年二月一四日午前零時三五分頃、群馬県太田市飯塚町一三七九番地先道路(制限時速三〇キロメートルの地域)上であり、事故発生当時、被告車(トヨタクレスタ)には、運転者の千恵子(昭和四七年生)のほか、被告静香(昭和四七年生)、西峯(昭和四八年生)、小野寺(昭和四八年生)及び小川(昭和四八年生)の四名が同乗していた。当時、被告静香はすでに社会人になつていたが、数年前から千恵子と親しくしていたものであり、千恵子、西峯、小野寺及び小川の四名はいずれも栃木県足利市内の高校三年に在学中であつた。

2  小川は事故前日の平成四年二月一三日午後七時前後頃、太田市大字東別所の自宅にいたところ、小野寺から電話で同年五月から外国留学を予定している西峯及び小野寺の祝いを兼ねて飲食したいので同市飯田町所在の居酒屋「代官屋敷」に来て欲しいとの誘いを受け、自転車で右「代官屋敷」に行くと小野寺及び西峯のほか、千恵子も同店にいた。西峯、小野寺はいずれも自動車運転免許を有せず、同店近くまで自転車で来て付近に自転車を置いていたものであり、千恵子は家族運転の自動車に送られて同店に来ていた。

3  小川の到着後、右四名は同店でビール、清酒、焼酎などを飲酒飲食し始めたのち、途中、女子がひとりで詰まらないと思つた千恵子が電話で被告静香に対して同店に来るように誘い、それを承諾した自動車運転免許を有する被告静香が同日午後八時半過ぎ頃、同市小舞木町の自宅から被告車を運転し、同車を同店近くの太田市民会館の駐車場に駐車させ、同店にやつて来たものであり、その後は右五名で引き続き飲酒飲食を続け、被告静香も焼酎を飲んだりした。

4  右五名は、同店にいる間に二次会に行くことを決め、同日午後一〇時半頃、同店を出たのち、歩いて五分位の距離の同市飯田町所在のパブ「夢工場」まで一緒に歩いて行き、同店では五名で焼酎七二〇ミリリツトル瓶二本などを飲酒飲食したのち、揃つて同日午後一二時前頃に同店を出て被告車が駐車していた太田市民会館の方へ歩き出した。

5  こうしたのち、被告静香は、自動車運転免許を有する千恵子から、千恵子が被告車を運転して被告静香を同被告宅まで送つて行くと言われ、被告車の鍵がどこにあるかと聞かれたのに対して、千恵子がたまたま手にしていた被告静香のバツグの中に鍵を入れていたので、そのバツグの中に鍵が入つていることを教え、鍵の使用ないし被告車の運転を認めたものであり、そこで、千恵子は太田市民会館の駐車場に着いたのち、自ら鍵を使用して被告車の運転席側からロツクを解いて乗車可能な状態にした。

6  その後、千恵子ら五名は、千恵子が右前部の運転席、被告静香が左前部の助手席、西峯、小野寺及び小川が後部席の位置に乗車した。西峯、小野寺及び小川はいずれも当初それぞれの自転車で帰るつもりであり、被告静香らを見送るため被告車のそばに佇立していたものであつたが、千恵子から、被告静香を自宅まで送つていくので一緒に付き合つて欲しい旨乗車を誘われたのでそれに応じ乗車したものであつた。被告静香が発進前、酔いのため嘔吐したこともあり、発進までに多少の時間を要したが、全員の乗車完了後、千恵子が被告車を運転して同駐車場を発進したものであり、被告車はその後まもなくして本件事故現場に至り、本件事故が発生した。

7  本件事故は被告車が南北に走る幅員四・八メートルの太田市道を北から南に向かつて時速約一〇〇キロメートルの高速度で進行中、運転者の千恵子のハンドル操作の誤りにより同路上を滑走し、同市道より低い田園内に逸脱したうえ、前方の交差道路に乗り上げ、交差道路南側にある民家のブロツク塀、車庫に激突して停止したという態様であり、乗車していた前記五名はいずれも車外に放り出された。

8  本件事故のため、千恵子は即死状態であり、鑑定の結果では千恵子の血液一ミリリツトル中に二・三一ミリグラムのエチルアルコールの含有が検出され、小野寺は事故から約六時間後に脳挫傷のため収容先の本島総合病院で死亡し、鑑定の結果では小野寺の血液一ミリリツトル中一・四四ミリグラムのエチルアルコールの含有が検出され、西峯は入院五日後の同月一八日、脳挫傷による脳幹機能不全のため収容先の総合太田病院で死亡し、血中アルコール濃度については資料がなく不明である。また、被告静香は全身打撲、頭部外傷、頭蓋骨骨折等の受傷を、小川は全身打撲、頭部外傷、顔面挫滅創等の受傷をそれぞれ負い、共に入院したが一命を取り留めた(その後、共に退院し社会復帰している。)。

9  講学上、血液一ミリリツトル中一・〇ないし二・〇ミリグラムの血中濃度は中等度の酩酊度で、陽気、多弁となり、また運動失調(千鳥足)が認められ、判断力が鈍つてくるといわれ、血液一ミリリツトル中二・〇ないし三・〇ミリグラムの血中濃度は麻痺期及び強度酩酊の酩酊度で、運動失調が著名で、言語不明瞭になるといわれている。

そうして、右事実によれば、西峯及び小野寺は自らも飲酒により酩酊状態にあつたほか、被告車を運転した千恵子と行動を共にして千恵子が相当量の飲酒によりかなりの酩酊状態にあつたのを承知しながら敢えて被告車に同乗して本件事故にあつたものであり、酩酊者による運転が事故発生の危険の大なることは容易に考えつくことであるから、自らの意思でその危険に近づいた面のあることは否定できないけれども、積極的に同乗を求めたものではなく、被告静香を自宅まで送るのに付き合つて欲しいと誘われたのに応じた末のことであり、あたかも自殺行為に等しい乗り方であつて自らの故意又は過失により事故を起こしたものであるとまでは評することができず、また、西峯、小野寺が被告車の運行を支配していたともいえないから、西峯、小野寺はいずれも自賠法三条にいう「他人」にあたるものということができ、右「他人」にあたらないものと認めることはできない。

したがつて、被告らは自賠法三条に基づき、本件事故により西峯及び小野寺が被つた損害を賠償する責任がある。

四  損害

1  西峯関係

(1)  入院諸雑費 金六〇〇〇円

入院諸雑費(入院五日間)は右金額が相当であると認める。

(2)  付添看護料 金二万五〇〇〇円

証拠(甲一三の一九)によれば、入院中、原告紀恵子が付添看護したことが認められ、その付添看護料は右金額が相当であると認める。

(3)  文書料 金六一八〇円

証拠(甲四、五の一・二)によれば、右金額の文書料を要したことが認められる。

(4)  葬儀費 金一〇〇万円

年齢などによれば、葬儀費は右金額が相当であると認める。

(5)  逸失利益 金四六六八万二六五七円

証拠(甲六の一・二、一三の一九、一四)によれば西峯(昭和四八年四月六日生)は、事故当時、満一八歳一〇月の健康な男子で高校三年に在学中であつたものであり、本件事故にあわなければ、およそ満一八歳から六七歳まで四九年間にわたり平成四年賃金センサス(新高卒全年齢平均年収五一三万八八〇〇円)を下回らない収入を得られたものと推認され、その生活費控除を五〇パーセントとして、ライプニツツ方式により中間利息を控除すると逸失利益の現価は前記金額(一円未満切捨)になる。

(計算式)

5,138,800×(1-0.5)×18,1687=46,682,657

(6)  慰謝料 金一五〇〇万円

事故の態様、年齢などを総合すれば、慰謝料は右金額が相当であると認める。

(以上計 金六二七一万九八三七円)

2  小野寺関係

(1)  治療費 金一六万〇九一〇円

証拠(甲八)によれば、右金額の治療費を要したことが認められる。

(2)  文書料 金六一八〇円

証拠(甲八、九)によれば、右金額の文書料を要したことが認められる。

(3)  葬儀費 金一〇〇万円

年齢などによれば、葬儀費は右金額が相当であると認める。

(4)  逸失利益 金四六六八万二六五七円

証拠(甲一〇の一・二、一三の一七、一四)によれば、小野寺(昭和四八年八月一三日生)は、事故当時、満一八歳六月の健康な男子で高校三年に在学中であつたものであり、本件事故にあわなければ、およそ満一八歳から六七歳まで四九年間にわたり平成四年賃金センサス(新高卒全年齢平均年収五一三万八八〇〇円)を下回らない収入を得られたものと推認され、その生活費控除を五〇パーセントとして、ライプニツツ方式により中間利息を控除すると、逸失利益の現価は前記金額(一円未満切捨)になる。

(計算式)

5,138,800×(1-0.5)×18.1687=46,682,657

(5) 慰謝料 金一五〇〇万円

事故の態様、年齢などを総合すれば、慰謝料は右金額が相当であると認める。

(以上計 金六二八四万九七四七円)

3 証拠(甲五の一・二、六の一・二)によれば、請求の原因4(1)、(2)の事実(相続)が認められる。

五  公平の原則又は過失相殺による減額

前記三認定事実によれば、西峯及び小野寺はいずれも積極的に被告者に乗車することを求めたものではなく、被告車を運転した千恵子から被告静香を送るのに付き合つて欲しいと誘われた末であるとはいえ、自らも飲酒により酩酊状態にあつたほか、千恵子と行動を共にしており、千恵子が長時間にわたる相当量の飲酒によりかなりの酩酊状態にあつたのを承知しながら、酩酊運転による危険の大あることを容易に考えることができたし、自己らの留学祝いを兼ねての会合であつたことに照らせば飲酒運転を制止すべき立場にあつたともいえるのに、敢えて千恵子による運転を容認し、安易に被告車に同乗して本件事故にあつたものであるから、公平の原則又は過失相殺法理により両名の損害額を減額すべきであり、かつ、その減ずべき割合は前記のような本件事故の態様、原因、西峯及び小野寺の年齢、両名とと千恵子、被告静香との人的関係なども考慮し三割五分とするのが相当である。

そうすると、過失相殺後の西峯の損害は金四〇七六万七八九四円、小野寺の損害は金四〇八五万二三三五円になる。

六  損害の填補

次に平成六年四月一三日、原告節男及び同紀恵子が自賠法一六条一項に基づく被害者請求による損害賠償額三〇〇〇万円の支払を受け、原告小野寺が同様の損害賠償額二九九六万三三一〇円の支払を受けたことはいずれも争いがない。

原告らは、右支払が民法四九一条によりまず事故発生日から受領日前日までの遅延損害金に充当された旨主張し、被告らはこれを争うのでこの点について判断する。

自賠法一六条一項に基づく被害者の損害賠償額支払の直接請求権は民法七〇九条又は自賠法三条等による損害賠償請求権とは別個独立に併存し(最高裁判決昭和三九年五月一二日民集一八巻四号五八三頁参照)、被害者が保険会社に対して有する損害賠償請求権であり、保有者の保険金請求権の変形ないしそれに準ずる権利ではなく(最高裁判決昭和五七年一月一九日民集三六巻一号一頁参照)、同項に基づく保険会社の損害賠償額支払債務は期限の定めのない債務として被害者からの請求を受けた時にはじめて遅滞に陥るものである(最高裁判決昭和六一年一〇月九日判例時報一二三六号六五頁参照)ところ、原告提出の証拠(甲一一の一・二)によつては原告らが被告静香と自賠責保険契約を締結していた日新火災海上保険株式会社に対して、いつ支払請求をしたのか不明であり、同社が遅延損害金債務を負担した事実を認めることができず、それゆえ、同社による前記支払の中に遅延損害金が含まれるものとはいえない。

また、自賠法一六条一項に基づく損害賠償額の支払手続は、請求を受けた保険会社が調査事務所に損害の調査を依頼し、同事務所が大蔵大臣認可の「自動車損害賠償責任保険損害査定要綱」の統一基準に基づいて損害の調査をし、調査完了後、その調査結果に基づき保険会社が請求者に対して支払をしていることは周知の事実であるところ、同要綱(乙一八は平成四年八月一日実施のものだが、本件に関係する部分に差異はない。)は、「死亡による損害」について、葬儀費、逸失利益、死亡本人の慰謝料及び遺族の慰謝料に分けるにとどまり、遅延損害金の項目を定めていない(傷害による損害についても遅延損害金の項目は定められていない。)。そして、同条項に基づく損害賠償額の支払請求をする場合には、その請求書に「請求する金額及びその算出基礎」を記載し、かつ、「請求する金額の算出基礎を証すに足りる書面」を添付しなければならない(自賠法施行令三条)とされているが、原告らの請求金額及びその算出基礎の内容は詳らかでないものであり(なお、原告らは計算書〈1〉、〈2〉の既払額欄で後遺症分としているが、死亡事故であり、誤謬と認められる。)、遅延損害金をも請求していたことを認めるに足りる証拠はない。そうだとすれば、原告らが支払を受けた前記損害賠償額は前記要綱記載の、遅延損害金を含まない項目に充当されたものであるか、あるいは充当の順序につき民法四九一条と異なり、まず元金から充当するとの合意のもとに支払がなされたものと認めることができる。したがつて、右支払は全額元金に充当されたものというべきである。

右充当後における西峯の元金は一〇七六万七八九四円、小野寺の元金は一〇八八万九〇二五円となる。

七  搭乗者保険控除の可否

被告静香が被告車について契約を締結していた搭乗者保険から原告節男、同紀恵子が合計で金五〇〇万円、原告小野寺が単独で金五〇〇万円の支払を受けたことはいずれも争いがない。

そこで、右保険金を損害額から控除すべきであるかどうかについて判断するに、証拠(乙一の一・二、六の一・二)によれば、右搭乗者保険金は被告静香が被告車について千代田火災海上保険株式会社と締結した自家用自動車総合保険契約に適用される保険約款中の搭乗者傷害条項に基づき支払われたものであり、右保険契約は被告車を被保険自動車とし、保険契約者の被告静香が被保険自動車の使用等に起因して法律上の損害賠償責任を負担することによつて被る損害を填補するとともに、保険会社が右搭乗者傷害条項に基づく死亡保険金を給付することを内容とするものであることが認められるところ、このような条項に基づく死亡保険金は被保険者が被つた損害を填補する性質を有するものではないというべきであつて、損害額から控除すべきではないと解するのが相当である(最高裁平成三年オ第一〇三八号平成七年一月三〇日判決参照)。

八  弁護士費用

本件事案の内容、本件訴訟の経過などによれば、本件事故と相当因果関係のある弁護士費用相当の損害額は、原告節男、同紀恵子につき各金三〇万円(前記元金との合計は金一一三六万七八九四円)、原告小野寺につき金六〇万円(前記元金との合計は金一一四八万九〇二五円)と認めるのが相当である。

以上によれば、被告らは、

(1)  原告節男、同紀恵子に対し、右金一一三六万七八九四円及びこれに対する平成六年四月一三日から支払ずみまで民法所定年五分の割合による遅延損害金、前記金四〇七六万七八九四円に対する平成四年二月一四日から平成六年四月一二日まで民法所定年五分の割合による遅延損害金(なお、計算書〈1〉、〈2〉記載の損害金の計算は閏年が考慮されていない。)を、

(2)  原告小野寺信子に対し、右金一一四八万九〇二五円及びこれに対する平成六年四月一三日から支払ずみまで民法所定年五分の割合による遅延損害金、前記金四〇八五万二三三五円に対する平成四年二月一四日から平成六年四月一二日まで民法所定年五分の割合による遅延損害金を、

それぞれ支払う義務がある。

九  結論

よつて、原告らの請求はいずれも右の限度において理由があるからこれを認容するが、その余は理由がないからこれを棄却する。

(裁判官 榎本克巳)

損害賠償額計算書〈1〉(西峯忍)

〈省略〉

損害賠償額計算書〈2〉(小野寺幸太)

〈省略〉

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